2011/11/06

Researching Photography - Hitoshi Toyoda



今回のResearching Photographyでは、ゲストに写真家のトヨダヒトシさんを迎えます。
初期作品である"An Elepant's Tailーゾウノシッポ"(1999)の上映に始まり、同作品の制作された経緯やほかの作品も含めた内容、最終的な表現形式としてのスライド上映、そのほか、作家本人によるスライド上映というパフォーマンスは、いかにアーカイブできるのかなどについて話をしていく予定。


An Elephant's Tail ゾウノシッポ (1999/35min./35mm slide film/silent
1992 年、ニューヨーク/窓からの眺め/冬から冬へ/エンパイア・ステイト・ビル最上階で働いていた/迷い込んできた猫との生活/自分はこ こで一体何をしている のか/明け方の町/「日常」の力を教えてくれたガール・フレンド/川面の光/失ったもの/ブルックリン北端の町/風
旅をやめ、日記を付けるように写真を撮り始めた頃からの5年の月日を3部構成で綴った映像日記第一作。



「Researching Photography - Hitoshi Toyoda」



ゲスト:トヨダヒトシ
日時:2011年11月23日(水)19:00-21:00
会場:赤城生涯学習館教養室A(http://www.regasu-shinjuku.or.jp/?p=649
定員:25名(要予約)
参加費:資料代等実費
企画:調文明、良知暁
予約および問い合わせ:researchingphotography@gmail.com
 ※ 開催日当日の予約にはご対応出来ませんので、予めご了承ください。



トヨダヒトシ(b.1963)
ニューヨーク生まれ、東京育ち。1993年以来拠点としているニューヨークで、スライドショーという形式を用いて、長・短篇の映像日記の発表を始める。日本国内では2000年より東京都現代美術館、世田谷美術館、横須賀美術館、タカ・イシイギャラリーなどで作品を発表するほか、廃校となった小学校の校庭などで上映を続けている。
http://www.hitoshitoyoda.com/




※ 11月18日トーク内容加筆

2011/09/19

Interview: 新井卓 - Mirrors in Our Nights/夜々の鏡

調文明(以下、BS: 川崎市市民ミュージアムで開催中の個展「夜々の鏡」201179-1010日)は、3つのシリーズ「Mirrors in Our Nights/夜々の鏡」、「Portraits of Us/私たちの肖像」、「Dairy D-type Project/毎日の銀板写真」から成っています。展覧会タイトルと同名のシリーズが展示の中心かと思いますが、他のシリーズ「Portraits of Us/私たちの肖像」、「Dairy D-type Project/毎日の銀板写真」との関係はどのようになっているのでしょうか?
Dairy D-type Project/毎日の銀板写真」の展示風景
Portraits of Us/私たちの肖像」の展示風景
Mirrors in Our Nights/夜々の鏡」の展示風景

新井卓(以下、TA: 今回の展覧会は、すべて新作のダゲレオタイプで構成されています。その中で最初に制作を開始したのは「Dairy D-type Project/毎日の銀板写真」のシリーズです。これは今年の元旦から取り組みはじめた、一日一枚の6x6判ダゲレオタイプを撮影するという試みで、現在も継続しているものです。もともとは本展のためのプロジェクトではなく、非常な手間と時間を必要とするダゲレオタイプを「日常」の中に組み込むことで、私にとってダゲレオタイプをもっと自由で身軽な表現手段とすることが目的でした。そんな折り、311日の震災が発生し状況が一変しました。さらに一週間ほどして父方の祖父が急逝し、震災と相まって精神的に深い傷手を追うことになりました。ひどく混乱し、本展はもとよりもはや何も作ることができない状態に陥ったのですが、亡くなった祖父に会いに行き、穏やかに眠ったような表情と平穏な最期を知り、祖父の死を少しずつ受け容れることができました。そのとき、私自身のための形見として、通夜を待つ祖父のダゲレオタイプを撮りたいと思いました。「Portraits of Us/私たちの肖像」は、祖父のポートレイトをきっかけに撮影した、私の家族の肖像です。
Mirrors in Our Nights/
夜々の鏡」はそれ以降、震災の後、そして祖父が逝った後の世界を見つめながら一枚ずつ記録したダゲレオタイプです。
千年に一度と言われる震災とそれに続く核災害は、物理的にも精神的にも私たちの世界を完全に変えてしまいました。問題はあまりに大きく、人間の想像力を完全に超えているものです。一人の人間に何ができるかと考えると途方に暮れてしまいますが、私という極小の存在が見たもの、痛みや喜びといったものを最大限掬いとって記録する行為は、決して無意味ではないと信じています。私たちが感覚しうるリアリティは、結局そこからしか触知しえないからです。

BS:Dairy D-type Project/毎日の銀板写真」のシリーズを撮っている最中に、2011311日の東日本大震災、そして祖父の死が立て続け起こったわけですね。3つのシリーズの関係は、「Dairy D-type Project/毎日の銀板写真」を幹に、二つの「事後Aftermath」の日常を撮影したシリーズ「Mirrors in Our Nights/夜々の鏡」、「Portraits of Us/私たちの肖像」を枝に見立てることができそうです。そして興味ぶかいことに、これら枝となるふたつのシリーズはそれぞれ「ourus 私たち」という人称代名詞をそのタイトルに含んでいます。「私たちの(日常)世界」という意味はある程度理解できる一方で、「私たち」という言葉が持つ暴力性にも思い至らざるを得ません。「想像力を完全に超えている」ということは、共感(これもひとつの想像力です)を前提とした「私たち」が不可能だということであり、「私」が「私たち」と言うことは、暴力的な飛躍を潜在的に孕んでいます(「私」が「私たち」と言うとき、「私」は「私たち」の代弁者となります――しかし、「私」は「私たち」の代弁者たりえるのでしょうか)。「私たち」へと飛躍させるのではなく、「極小の存在」としての「私」に居続けることこそが重要なのではないでしょうか。
単数と複数の問題でいえば、mediummediaの関係も興味ぶかいです。本展パンフレットの文章で、新井さんは写真とダゲレオタイプを区別して、前者を「medium、複製可能なもの、マス・メディアの映像」、後者を「container、複製不可能なもの、家族の写真」としています。この区分は理解できるものの、疑問もあります。mediaと言うとき、語感的にそこには「複製性」が前提とされているように思います(新聞、音楽、映画等々)。しかし一方、mediumと言うとき、そこには複製性に抗うような意図もあるのではないでしょうか。写真の特徴として複製性だけを取り上げることに抗して、「その他」の特徴を提示するというように(例えば、スライド・ショーにみられる「消えゆく」感など)。区分すべきは、むしろmediummediaのあいだなのではないでしょうか。単数形と複数形の違い以上のものが、そのあいだにあるように思います。

TA: まずはじめに「ourus」についてですが、今回はこの複数人称を意識して使いました。一番表面的なレベルでは、震災のあとしばらく周囲に漂っていた全体感のようなもの、これが私にとって今までに持ったことのない感覚であり、その気分をそのまま「私たち」という代名詞に置き換えてみたということです。
しかし、もちろん「私たち」という言葉はそれほど簡単な代名詞ではなかったことに、すぐに気付かされることになりました。震災後はじめて東北沿岸を訪れたとき、目の前で救助活動にあたる自衛隊や警察、避難所に身をよせる家族や流された船舶の前でじっと立ち尽くす漁師たち、そういった人々と横浜周辺で震災を体験した「私たち」との間に大きな断絶を感じ、私が持っていた甘い全体感などすぐに消し飛んでしまいました。それ以来私にとって「私たち」とは、たとえば「日本人」などとひとまとめにすることなど決してできない、決定的に孤立した他者の集合を意味する言葉になりました。「Mirrors in Our Nights」は「私たちのひとつの夜の鏡」ではなく「私たちの夜々の鏡たち」ということです。それぞれが他者の存在を感じながらも、それぞれの夜のなかで孤立している。そんなイメージです。そして、その最小単位としての「Us、私たち」が私にとっては同じ家で暮らす家族、もう一つのタイトル「Portraits of Us」の「Us」だということです。
他者を代弁することは、誤解を恐れずにいえばおそらく写真が絶対にできない仕事のひとつです。極小の存在として、撮る人が自分自身の生を通して伝えることができなければ、その写真に共感をよぶ力はありません。極小の「私」であるからこそ、他者に「私たち」と呼びかけることは、少なくともできる。「私」と「私たち」の関係はつねに揺らいでいます。
次に「medium」と「media」についてですが、写真は単一の媒体なのでステートメントの中で単数形の「medium」を使いました。日英の語感の違いがあるかもしれませんが、特に他意はありません。複製可能性以上に、mediaとしての写真がもつ表面のフラットさあるいはクリーンさと、containerとしてのダゲレオタイプがもつ傷のようなものについて、いつも考えています。私の定義ではダゲレオタイプは運搬するもの/containerですが、他の例として、たとえば夢の島に保管されている第五福竜丸の船体なども、containerの一つといえるでしょう(逆に広島の原爆慰霊塔はcontainerではなく、mediumの一種です)。死の灰を浴びた第五福竜丸の船体には、もう感知できるほどの放射性物質は残っていません。しかし、放射線に晒され目に見えない傷を受けた船体そのものが、出来事の証人としてそこに残されている。それと同じように、最終的に目に触れる銀板が、そのとき、その場所の光の放射を受けた「そのもの」であるということが、わたしにとってダゲレオタイプを撮る上でもっとも重要なのです。

BS: 「私たち」という人称代名詞に代入されるものの輪郭が、少し明らかになりました。「夜々の鏡/Mirrors in Our Nights」というタイトルには、それぞれが他者の存在を感じながらも、それぞれの夜のなかで孤立している」という意味が、Portraits of Us/私たちの肖像」というタイトルには、その「それぞれ」の最小単位としての家族(「私たち」)の肖像という意味が込められていたのですね。三つのシリーズの関係性をある程度つかめることができました。
新井さんがおっしゃるように、「そのもの」性という特徴をもったダゲレオタイプは、放射線がもたらす「目に見えない傷」をその身に宿すことで、核の問題を提示(可視化ではなく)することができるといえそうです。その意味で、形式と内容のあいだで非常に整合性がとれているように思われます。ところで、「
Mirrors in Our Nights/夜々の鏡」は福島原発の事故の影響を受けた地域を写したダゲレオタイプだけでなく、東日本大震災の津波の影響を受けた地域を写したダゲレオタイプも並置されています。原発事故の被害を受けた地域と津波の被害を受けた地域は、その被害の原因、そして被害の様相という点で全く異質なものです。その異質なもの同士を並置したことをどのように捉えればよいのでしょうか。
Mirrors in Our Nights / 6月13日、飯舘村1, June 13th, Iitate Vilage 1, 2011

TA: 今回の一連の作品は、震災後に撮りたい、と思った物を一枚ずつ撮影したその軌跡をそのまま展示しています。ですので、そこに明確な論理はないのかもしれません。
原発事故(私は核災害と言うことにしています)と地震・津波という災害の異質性は、実際、何度も東北を訪問する過程で身をもって知りました。
ダゲレオタイプの撮影に赴いた順番としては、まず4月初めに焼津へ、それから福島の三春、釜石と遠野、そして宮城沿岸地域とつづき、最後が飯舘村です。
焼津は、第五福竜丸をテーマにしたプロジェクト「EXPOSE 死の灰」のために震災発生のかなり前から訪問を予定していました。そこで第五福竜丸に積もった「死の灰」(核実験で燃え尽きて舞い上がった珊瑚礁の、放射性の灰)のサンプルを撮影したのですが、その折、焼津港で船体に「女川」「いわき」「塩竃」と書かれた漁船に偶然出会いました。船の傍にいた乗組員の一人に話を聞くと、津波で壊滅した母港から一時的に避難しているとのことでした。
その頃、私はまだ被災地に出かけていって撮影することをためらっていたのですが、焼津で実際に現地から避難してきた船と人とを目の当たりにして、まず船体に書かれていた土地「いわき」や「女川」へ行きたいと思ったのです。これらの場所は私にとって以前からなじみ深い港町ですが、何も撮れなくてもいいから、とにかく現場に行ってこの眼で確かめなくては、と、そのとき強く感じました。さらに焼津への旅では、そこからほど近い浜岡原発へも足を伸ばしました。そこで原発のPR館を見て、日没が迫る時刻、冷却水の放水口の近くまで行ってプラントのダゲレオタイプを撮影しました。焼津への旅は、非常に間接的な形で、いま起きていることと自分とのつながりを意識する契機になったのかもしれません。
先ほども触れましたが、福島の核災害の現場が他の災害の現場とあまりにも異質であることは、6月、飯舘村をはじめて訪れた瞬間に理解しました。核災害は非常に抽象的で、形も臭いもなく、それゆえ本当に不気味なものです。そして何よりも、いまだ災害は現在進行形の状態です。ほとんど何も解決していないどころか、情報の見えないヴェールの奥で、事態が確実に深刻化している気配すら漂っています。7月にふたたび飯舘村を訪れたとき、暗室テントで作業中サイレンが鳴り響くのが聞こえ、警察車両が一斉にどこかへ走り去ったことがありました。明らかに原発周辺で何かが起きたらしいことは想像できるのですが、その場にいる私は何も知ることができず何も見えず、感じられず、まったくの無力で愚かしい存在に思えました。そのときの、じっとりとまとわりつくような恐怖感、喉の渇き、手の震えは今でも身体に焼きついています。
私はいつも、一つの展示の最後のパートに、次の仕事の手がかりのようなものを残すことにしています。目に見えないが確実にそこにあるもの、それについて何ができるのか。「Mirrors in Our Nights」の最後の2枚、飯舘村のダゲレオタイプは、以後私が取り組むべき具体的な課題として、そこに置かれています。

BS: 「私はいつも、一つの展示の最後のパートに、次の仕事の手がかりのようなものを残すことにしています」という言葉は、重要ですね。私はどうしても完結した理念的なコンセプトということを想定してしまうのですが、オープンエンドで実践的なコンセプトとして新井さんは取り組まれているということでしょうか。「Mirrors in Our Nights」の最後の2枚から紡ぎだされるであろう次回作、楽しみにしています。
Mirrors in Our Nights」の展示方法は、前回のKEN(三件茶屋にあるイベントスペース)での展示を継承している部分が多いように思います。ダゲレオタイプ、電球、音の三つのメディウムを用いているところなどは、KENで展示した「Fallout, Study」シリーズに多くを負っています。しかし、両者の展示には異なる部分もあります。KENでの展示では黒い壁面にダゲレオタイプを設置していたのに対し、今回の展示は川崎市市民ミュージアムの白っぽい壁面をそのまま利用しています。また、今回の展示では、懐中電灯を入口付近に置き、観客に自由に使用できるようにしてありました。これも前回の展示では見られないものです。こうした展示の変化の背景には、どのようなものがあったのでしょうか。「黒い壁面」であれば、タイトルにある「夜」ともうまく響き合うように思うのですが。
Fallout, Study」(@KEN)の展示風景

TA: KENで展示した「Fallout, Study」は川崎での展示のための実験として、初めてライティングと音声を組み合わせて展示した作品です。KENの展示空間は理想的なものでした。音響が優れていて、壁面が黒く塗りつぶされていますので、今回のような展示方法には最も適しています。ご指摘のとおり、当然、ミュージアムの展示空間の壁も黒くしたかったのですが、その希望は美術館側に聞き入れられませんでした。楕円形の空間そのものは空間をシームレスに感じさせ、かつ特異な音響が素晴らしかっただけに、非常に残念に思っています。
今回の展示空間では、ダゲレオタイプ作品が左から順に、ひとつずつライティングされていきます。これは、ダゲレオタイプという存在が、現在一般的になった「組写真」という文化と相容れないものと考え、あくまで一枚ずつ、個別の体験として見る人に差し出したいと思い、考案した方法でした。個々のライティングの点灯時間は、同時に流れる音──ダゲレオタイプの露光中、つまりレンズの蓋を開けてから閉じるまでの間録音した現場の環境音──の長さと同期しています。ですので、一枚のダゲレオタイプを時間をかけて見たいと思った場合に、点灯時間が短すぎて、見る人にとって余計なストレスになる可能性もあります。それで、インスタレーションだけでなく、自由に時間をかけて見て回れるよう懐中電灯を置きました。子供たちが喜んで懐中電灯を使って見ていますが、結果として、自ら懐中電灯で照らすことで、見る行為がより主体的かつプライヴェートな体験になったのではないか、と思っています。

BS: 私にとって、「懐中電灯」というものは、311日の東日本大震災以降、特別な意味を有しています。震災直後からコンビニやスーパーで食料の買いだめが起こり、福島原発の事故により電力不足が懸念され計画停電が発表されてからは、懐中電灯および単一、単二乾電池の品切れが東京電力管内で頻出しました。こうした異様な品切れは、私にとって震災パニックの象徴になりました。さらに、「懐中電灯」はもうひとつの象徴にもなりました。計画停電が東京電力管内全域で実施されるのではなく、「例外」が存在することが後に分かった時、政治経済の論理が優先される事態を、「例外」の地にいる自分が見たのです。そのときから、大げさかもしれませんが、私のなかで懐中電灯は「政治経済の論理(の優先)」の象徴となりました。核の平和利用という考え方も、戦後の政治経済の論理から導き出された結果と言えましょう。そういう意味で、今回の展示で設置されている懐中電灯も、私には単なる「備品」としてではなく、作品と不可分な関係を持つものとして映っています。

TA: そうですね。懐中電灯については、設営を進めながら私も同じことを考えました。私の事務所がある横浜市中区でも、行政上重要な地であるために一度も計画停電は実施されませんでした。私は政治経済の専門知識を持っていませんが、そのような政治的優先度の設定の仕方には、一見すると合理的ですが実のところ非常に暴力的な論理があるように思います。「政治的経済的辺縁」地域に、地方経済の活性化と称して次々に原発を建設していったのと、結局は同じ理屈なのではないでしょうか。
まず初めにペットボトルの水、次にガソリン、さらにカップラーメンやレトルト食品、電池、懐中電灯、ラジオ、紙おむつや生理用ナプキン・・・それらは震災直後、首都圏で金銭よりも重い意味を帯びた品々です。
私自身は11日の震災の数時間後、買い占めのパニックが起きるのを何となく予感して、いち早く水、懐中電灯と電池、そしてガソリンを買いました。私の行動や反応は正しかったのか、間違っていて恥ずべきことなのか。一体何を基準に、どう考え解決すればいいのか、いまだに答えを見つけることができません。

BS: これまで、インタビューにお答えいただき、ありがとうございます。最後になりますが、今後の展望についてお聞きしたいと思います。今回の展示が始まった7月から、およそ2ヶ月が経ちました。その間に、被災地にも何度か足を運ばれたかと思います。そこから見えてきた新たな課題、もしくは今まで気付かなかった課題といったものはあったのでしょうか。お答えいただける範囲で結構ですので、宜しくお願いします。

TA: まず東北沿岸の状況ですが、夏までの間ほとんど手つかずといってよかった主要な漁港や大きな市街地では、少なくとも道路は修繕され、営業を再開したお店も増えて少し落ち着きをみせているように感じます。しかし、おそらくそれは自治体や現地の住民たちが、支援団体と力を合わせながら自らの手で立ち上がったからで、決して政治が何かを解決したわけではないと思います(今回の震災で、中央集権的な政治システムがほとんど何の役にも立たないどころか、人々の自律的な復興の営みにとって足枷でしかないということがはっきりしたわけですが)。
そして、おそらくいま一番問題となっているのは、私たちがすでに何かを忘れつつある、という否定しがたい事実です。
現地に行ってみれば分かりますが、過疎が進んだ小さな漁村や集落は被災後ほとんど手つかずのまま放置されていますし、福島についていえば未だ継続中の災害に日々脅かされながら生活を続ける人々が何万人も存在しています。それなのに、中央のテレビ局はもはや意図的としか思えないような白痴番組や通販番組を日々垂れ流し、報道・検証・批判というメディアの基本的ミッションすら放棄しています。これは集団による積極的忘却であって、メディアの民主主義に対するネグレクティヴ、あるいは緩慢な犯罪行為ではないでしょうか?
人間にとって苦しみや恐れ、悲しみはいずれ忘れてしまうものです。それはあるいは生存のための本能なのかもしれません。私にとって写真は、何かを忘れてしまわないために必要な一つの手段です。展覧会によせた文章にも書きましたが、複製不可能なダゲレオタイプは他のどの写真よりも「もの」に近く、ある種のモニュメントとして機能するのではないかと思っています。ドキュメンタリー・フォトがあるとすれば、それはモニュメンタリー・フォトと呼べるかも知れません。
先の質問で原発事故による被災地と地震・津波による被災地の違いについて指摘いただきましたが、今後はやはり、福島で起こっている核災害について、何を掬いとることができるか考えてみるつもりです。最後にもう一つ課題として意識するのは、そうやって撮りつづけたものを、誰よりもまず被災した人々に見せることができるか、ということです。誰のために何を伝えるのか、ということ、一見すると稚拙にも聞こえるかもしれませんが、写真に限らずどのような表現手段であっても、そのことを真摯に考える局面に、いま私たちは立っているのではないでしょうか。

(2011年9月1日から9月9日まで、電子メールでの往復書簡によるインタビュー)


新井卓個展「Mirrors in Our Nights/夜々の鏡」
期間:2011年7月9日~10月10日
場所: 川崎市市民ミュージアム
開館時間: 9:30~17:00(入館は16:30まで)
休館日: 毎週月曜日(祝日の場合は開館)、7月19日、9月20日
観覧料: 無料
主催: 川崎市市民ミュージアム
〒211-0052 神奈川県川崎市中原区等々力1-2
TEL 044-754-4500 / FAX044-754-4533
東急東横線・目黒線、JR南武線・横須賀線・湘南新宿ライン「武蔵小杉」北口からバス約10分

2011/08/06

record: RP 福居伸宏 Part 2



Installation view (gallery 1) – 『Asterism』at Tomio Koyama Gallery, 2010
Installation view (gallery 2) – 『Asterism』at Tomio Koyama Gallery, 2010


(Part 1はこちら)

AR 2009年から現在にかけて都内では建築の展覧会が多く開催され、清澄のコンプレックスでも建築展が行われましたが、そのような経験の後だけに、建築をより濃密に見る機会になったのではないでしょうか。 『Asterism』展の会期中もヒロミヨシイでの建築展(『TEAM ROUNDABOUT キュレーション|“超都市”からの建築家たち』)だけでなく、タカイシイでは畠山直哉さん、シュウゴアーツではジュン・ヤンの展示という、都市への批評的なまなざしを備えた作品が偶然にも揃っていましたよね。建物全体でひとつの企画展が行われているようにすら思えました。
Asterism』展で展示される限られた量の写真から、福居さんがどのように都市を見ているのか、どのような都市へのアプローチを提示しているのかに、個人的な興味を持っていました。展示は24枚の写真から構成されていて、その中でどのように都市の要素を配置しているのかを気にしながら見ていくと、都市のインフラが非常に気になる。特に交通網はその中でもわかりやすく見えていましたが、そのような意識はありましたか。

NF 都市のインフラについては意識はしていました。あの展覧会を作るにあたって考えていたのは、今までにやってきたこととは違うものをやりたいということです。過去に撮影していたけれども未発表だったもの、例えば水辺や植物が繁茂している場所というものを取り入れられればと漠然と思っていました。そして、水というものを考えていくなかで、都市のインフラ、水や電気や物流などをなんとか作品の中で扱うことができないかというのはありましたね。また、もうひとつのチャレンジとしては、そういった水とか電気といった写真に写すのが難しいものも、やりようによっては、仮に間接的ではあっても展示に盛り込めるのではないかと考えていました。

AR 『Asterism』展の構成を考える上で「3」という数字がある種のキーになっていると展示会場でお聞きしましたが、それについて教えていただけますか。

NF まず展示の形式自体が、ひとつの壁に写真を3点ずつ掛けていくというスタイルになっています。小山登美夫ギャラリーの7Fのスペースには、10メートル四方の正方形の空間(gallery 1)と5メートル四方の正方形の空間(gallery 2)があります。大きい方の空間の3つの壁にそれぞれ3点ずつ計9点の写真を展示して、小さい方の空間にも3つの壁に3点ずつ計9点の写真を展示してあります。それらに加えて、このふたつの空間とギャラリーの入口をつなぐ通路の、入口と小さい空間の間の壁面、小さい空間と大きい空間の間の壁面、この二カ所に3点ずつ計6点の写真を展示しました。つまり、大きな正方形の空間、小さな正方形の空間、通路という3つの空間を使った構成です。
Asterism』(アステリズム)というタイトルの意味のひとつであるタイポグラフィのアステリスクが3つ並んだ記号(⁂)を着想のひとつに挙げることができるかもしれません。「3」という数字が先か、アステリズムが先か、どちらを先に思いついたのか思い出せませんが、「3」を使おうということと、3つの壁、3つの空間ということが念頭にありました。
アステリスクが3つ、三角形に並んでいるアステリズムの形がおもしろいと思っています。ふたつのものの対比だけでなく、もうひとつ何かを加えることでもっと複雑な関係になる。AとBを比較するだけではなくCが入ってきた方がより豊かになると考えています。

AR 展覧会場に置いてあった作品リストにはそれぞれの写真に個別のタイトルがありましたね。展覧会名の「Asterism」とは異なるそれらのタイトルについて聞かせてもらえますか。

NF 大きな空間の作品では植物そのものにフォーカスするというよりは、都市の中にある植物、植物のある空間、その空間にある建築物の関係。その3つがせめぎあっているような空間を撮ったもので構成しています。植物を扱うということもあり、植物の構造みたいなものを表す「plexus」(プレクサス)という言葉、つまり網目状とか叢状という構造を表す言葉を作品タイトルにしました。小さな空間の作品はクラスター構造の「cluster」(クラスター )。ぶどうの房のような構造、建物などが塊となって、それらが折り重なって、さらに塊を形成しているような形ということでクラスターとしました。
展覧会ごとに目指しているものだとか、そのときの意図、今回の展示はこういう方向のベクトルになっている、ということを少しでもわかりやすくして、それをわかってもらえるように展覧会と作品のタイトルを付けています。
Asterism (plexus) - 2468


AR このようなタイトルとの関連の中で、植物が写っている写真は今までと違うことのひとつだと思いますが、それによってこれまでとは違う観客の反応はありましたか。

NF 植物のある環境は街路灯が減ってくるので、単純に暗いという反応がありましたね。あとは不気味な感じだといった感想もありました。こういった植物が入った写真を見せた理由には、僕自身が今まで発表してこなかったものであるということのほかに、精細な画像を得るために大判カメラで夜間撮影をすると露光時間がかなり長くなり、少しでも風があるとブレてしまってはっきりと写らなくなってしまうということがありました。今回のような写真には、デジタルカメラが出てくる前のテクノロジーではとらえられなかった状態が定着されていると言えるのではないでしょうか。現在の機材で出来ることは何かということを考えてみれば、こういう写真を見せるということにもまた別の価値があるのかなと思います。そのようなことも含めて、今回、植物の写真を展示しました。

AR ただ、いくつかの作品には植物のブレが残っていたと記憶していますが。

NF 若干ありましたね。露光時間が短くなるとはいえ、長時間露光で撮影するわけですから、風によるブレをゼロにするのは困難です。もうひとつ現在のテクノロジーに関していえば、ロケハンをせずに自転車で移動しながら、大判カメラのような解像感のある画像を撮影するということ自体が、デジタルカメラというコンパクトな機材の登場以前は出来なかったんですよね。

AR もう一度、植物の話に戻ります。植物という要素を作品に取り入れるときの考えとして、人工と自然とを対置するという方法があると思いますが、その点について、福居さんの場合はどのようなことを考えているのでしょうか。

NF 人工と自然、そのどちらかに肩入れするというわけではなくて比較的ニュートラルなスタンスだと思います。展覧会初日のアーティストトークでも話したかもしれませんが、自然という概念自体、人間が作り出したものだと思っているんですね。手つかずの自然といっても、それは人間が「手つかず」の状態にしているという時点で、すでに人為的なものであるという考え方もありますよね。そういうふうに考えていくと都市の中の植物にはすべて人の意識が浸透しているというか、人の意思によってコントロールされていると思うんです。植物には、空間を切り分けるためであったり、環境の美化であったり、いろいろな使われ方があると思いますが、どの植物を残してどの植物を残さないかというのも人為的な判断によるものですよね。
Installation view (passage) – 『Asterism』at Tomio Koyama Gallery, 2010
 
Installation view (passage) – 『Asterism』at Tomio Koyama Gallery, 2010

AR 大きい空間、小さい空間の作品がそれぞれプレクサス、クラスターでしたが、続いて、通路に展示された作品に移ります。通路の作品にもまた別のタイトルが付いていましたよね。

NF はい。正方形の空間の写真は大小どちらも作品タイトルの頭にまず「Asterism」とあり、その後に括弧でくくるかたちで「plexus」や「cluster」と付いています。一方、通路の作品は展覧会を読み解くためのキーという意図で、「Formula」(フォーミュラ)というタイトルになっています。その頭には「Asterism」という単語はついていません。

AR 「Formula」というのは公式、それはこの展覧会を見るためのひとつの公式ということでしょうか。

NF そうですね。そういう意味を含み込みながら日本の都市の成り立ち方を表している作品群です。通路にある3点組の2セットの作品はそれぞれがある意図を持って組まれています。

Formula – O, Formula – P, Formula – Q(左から)

NF この
3点の一番左の写真は廃墟ではなく建築物の解体中の写真です。その次、中央の写真はコンクリートのサイロというかコンクリートの工場施設の写真なんですけども、これは解体したコンクリートなどをリサイクルするところです。そして、右の写真は建築現場の仮囲い、仮設壁ですね。そしておそらくこの壁の向こう側では建物の基礎の部分を作っているところではないかと。

AR 解体から再生へ、さらに建て直したものが、後に解体されるということを想像しますね。

NF これは円環する時間になっているんです。タイトルの「Formula」の後にそれぞれ、「O」「P」「Q」と付けてあります。数学で三角形を表すときに3つの頂点を示す記号としてよく使うアルファベットです。その意味としては、言葉遊び的になってしまいますが、これらのアルファベット自体がそれぞれ閉じられた円を持っているということです。
Formula – N, Formula – M, Formula –L(左から)

NF もう一方の3点組は「Formula」(フォーミュラ)というタイトルであり、それぞれ「L」「M」「N」となっています。右の写真「L」はすごく古い共同アパート、バラック的な建築であり波形トタンを使っているような古い建物です。そして、その手前にプレハブが写っています。次の写真「M」は合理性を重視し、ユニットを組み合わせて効率よく作られた典型的な量産型の一戸建ての建築物。そして左の写真「N」は住居が多数集積した集合住宅ですね。デザイン的にも近年よく見かけるどこにでもあるような感じのマンションに見えます。そして、「L」「M」「N」というタイトルは数学で直線を表すときに使い、アルファベットの形それ自体も閉じていない、直線で構成されたものになっています。エントロピーが増大していくような感じと言いますか。

AR 先程の「O」「P」「Q」と、この「L」「M」「N」という組み合わせは円環の時間と直線的な時間とも考えられますね。

NF そうですね。そのふたつの時間の繰り返しによって建物が増殖し、その規模が大きなものとなっていくことで、日本の都市がどんどん膨張していくというようなことです。あまり話してしまうと見方を限定してしまうかもしれませんが、そのような意図を持って展示していました。

AR 福居さんは作品の話をするとき、明確な言葉をきちんと持っているので、それに従って作品を見なければいけないのではないかという気持ちになることもあるのですが、同時に、先程、言葉遊びという言葉を使っていたように、そこにはある種の緩さのようなものもありますね。言葉を制作していく上での推進力として使うというか、具体的な言葉があることで、そこに向かったらどういうものが見えてくるのかと実験してみるということもあるのではと思いました。

NF 「これが自分の個性です」という形でベタにやっていくと、却ってそれが個性的にならないということがけっこうありますよね。逆に、撮影の時点である方法、ルールを設けることで、その人の持っているものが出てきたりするということがあると思うんです。むしろ、そっちの方がありきたりな個性と言われているものから抜け出す有効な手段になるんじゃないかと思っています。

AR それは最初に話していたような、どこをルールづけ、どこで偶然性を取り入れるかということと関係していますか。

NF そのようなものを導入すること、それは「他者」ということかもしれませんが、自分がコントロールできない部分を持ってきたときになにかおもしろいものが生まれるかもしれない、ということがあると思います。最終的に展示はこの形になっていますけど、もちろん他の形になった可能性もありますし、もちろんその途中にはさまざまな試行錯誤があったりしますね。

Installation view (gallery 1) – 『Asterism』at Tomio Koyama Gallery, 2010

AR 次に、作品のサイズについてお聞きしたいと思いますが、大きな空間と小さな空間の作品ではサイズが異なっていましたよね。

NF 夜の写真は、主に72x48センチのものとその倍の144x96センチのものしか発表していないんですね。このふたつのサイズの関係と、展示空間の10メートル四方の大きな空間(gallery 1)、5メートル四方の小さな空間(gallery 2)という関係が使えるのではないかと思って、前者には144x96センチのものを、後者には72x48センチのものを選んで、それぞれの空間に展示しました。

AR 同じ画像をさまざまなサイズで発表する作家もいますが、そうではなくふたつのサイズに限定しているのはなぜでしょうか。

NF 同じサイズ、同じフォーマットの写真があることで、それぞれ比較対照して見ることができます。サイズが違ってしまうとやはり比べづらい。サイズが揃っていくとミニマルな感じにもなってしまうけれど、比較対照の方を重視したいんです。比較対照ということで言えば、タイポロジーという手法がありますよね。タイポロジーの初期に目指されていたものの可能性を、今、どうやったら汲み出せるのかということを考えています。同じサイズで展開して、同じようなモチーフをうまく扱うだけで、必ずしも典型的なタイポロジーのような手法をとらずとも、その可能性を受け継ぐ事は可能なのではないかと思います。
写真というメディウムを扱っている欧米の現代のアーティスト、写真家の中には、撮った対象だけをいかに一点ものの完結したタブローとして仕上げるか、いかによく見せるかというふうなことだけに腐心し、その目的のために画面のサイズ、比率をコントロールする作家がたくさんいます。そうしたフレームの中だけをよりよく見せるということを目指しているものと自分のやっていることは大きく異なると思っています。この夜のシリーズの場合、2年前の『juxtaposition』のときのように、フレームの中と外をどうやって扱えるのかを考えていくと、サイズを揃えていった方がむしろいいのではないかという結論に到りました。

AR ベッヒャーのようなグリッド構造によって浮かび上がらせることができるものがある。けれども、サイズを揃えるなど、別のアプローチによって、より広い展開の可能性が見えているのでしょうか。

NF そうですね。ただ、ベッヒャーの場合は扱っている対象、いわゆる「被写体」と言われるようなものの概念や視覚的な差異を扱っているという部分ばかりが前景化しているように思えます。一方、僕のようなアプローチであれば、その場、そこにある物、その空間といったような、さまざまな細部からもっと広がり持って展開できるのではないかと考えています。
デュッセルドルフスクールというか、ベッヒャーシューレというものがありますよね。批判めいたことになりますが、ベッヒャーの当初の考えというものも重要だとは思いますが、そのスタイルだけが模倣されて反復される、「ある特定のものを集めてみたら作品になりました」といったものが増えてきているのではないかという気がしています。そうはしたくない。だとしたら、それに対する別のことをやってみようかという思いがあります。

AR 一種のお手軽なパッケージングのようになっているところもありますよね。話を展覧会に戻すと、ほかにも気になることがありました。実際、僕は展覧会会期中にその話を聞いたのですが、『東京画」のときの「Multiplies」や「Invisible moment」でやっていたような、別の見方のきっかけを写真に含み、写真の見え方をドラスティックに変化させる要素がこの展覧会にもありましたよね。万人に向けているというより、気がついた人の写真の見え方がそれによって変化すればいいと考えられていたのかと思いますが。

NF そうですね。それに僕の展示を見た人がそのときに理解できなくても、事後的に何をやっていたかがわかってくるということもありだと思っています。むしろ、そういった「遅さ」というものも重視していますね。日常の経験でも、見たときにわからなかったものが後からわかったときのその前後の落差がおもしろかったり、衝撃だったりしますよね。逆にその方がその人の中にその経験がより深く残ったりもする。

Asterism (cluster) - 1276

AR 具体的にはこの写真、その中でもトリミングをした画像を用意しましたが、ここに写る建築について話していきたいと思います。当初、僕自身はこの建築について知らず、最初に展覧会を見た時点ではこの建築を気にして見ることはなかったのですが。

NF まず、これまで基本的にはランドマーク的なもの、都市の特異点としての建築といったものは画面の中に入れないようにして、人がふだん見ようとしないようなところに人の目が向かうように写真を撮っていました。文字情報があると、あらかじめ与えられたその文字情報によってその場所、写真に写された空間を見てしまうということがあるので、そうならないようにしてきました。しかし、この建築はメタボリズムの建築家として知られる菊竹清訓さんの重要な建築、日本の代表的な住宅建築を選ぶとすれば必ず名前が挙ってくるような「スカイハウス」という著名建築です。

AR 福居さんの狙いとは少し外れているかもしれませんが、建築はある特定の角度で撮られていたり、それによって、実際に見たことがないにも関わらず、知れ渡っていく建築のイメージがあったりしますよね。また、建てられた当時はメディアでたくさん扱われ、数年後には異なる用途に使用されたり、もはや存在していなかったりする建築もある。広告写真を含めたたくさんのイメージが世の中に流通する中で、それとは異なるイメージをいかに拡散させていくことを考えるとき、建築と写真の関係性は興味深い例のひとつです。僕自身、先程の写真にスカイハウスが写っていることは聞かなければ気がつかなかったと思います。そして、聞いた後でもそれがどこに写っているのか見つけるのに時間がかかりました。建築を知っていたとしても、記憶の中のスカイハウスと、この写真の中のスカイハウスとで一致する部分が僕の中ではほとんどなかったんですね。

NF それは、すでに世の中に流通しているような写真とは違うところから撮られているからだと思います。ひょっとすると建物の正面側から撮られていれば、どこかで見たことがある建築だと思ったかもしれないですね。スカイハウスに限れば、そこまで正面性の問題にならないのかもしれませんが。
振り返ってみると、2009年に清澄のギャラリー・コンプレックスのほか、都内のギャラリーで建築や都市を特集した展覧会をやっていたとき、小山登美夫ギャラリーでもちょうど菊竹さんが展示していたんです。菊竹清訓さん、伊東豊雄さん、そしてSANAAの妹島和世さんと西沢立衛さん。そこで菊竹さんのスカイハウスが建てられた当時のモノクロの記録映像が展示されていて、とても興味深く見たんですね。

AR その時点で『Asterism』の展覧会の予定は決まっていましたか。また、先程、ロケハンをせずに撮影しているとおっしゃっていましたが、この写真もロケハンをせずに撮影したものなのでしょうか。

NF あの時点では展覧会の予定は決まっていませんでした。この写真も撮影したのはけっこう前で、2007年か2008年だったと思います。撮った時点ではスカイハウスのことはまったく意識していませんでした。
2010年の個展を開催するにあたって、今まで撮ったものを全部見返していく中で気づきました。2009年に先程の建築展を観ていたこと、それに加えて、その後、フランス大使館でのグループ展『No Man’s Land』があったんですね。フランス大使館旧庁舎(同展覧会後に解体)はフランスのジョセフ・ベルモンという建築家・都市計画家が手がけた建築ですが、建設当時、日本側からは菊竹清訓さんが設計に携わっていました。一般的にジョセフ・ベルモンの建築と言われていますが、実際はふたりで作ったような建築で、その展覧会ではその場所で撮った写真をその場所に展示するというようなことをやったこともあって、菊竹さんについてもいろいろと調べる機会がありました。そのようなこともあり、菊竹さんの代表作のひとつであるスカイハウスも僕の意識の中に留まっている状態になっていました。その後、個展の準備過程で、写真にスカイハウスが写っていたことに気づき、僕自身びっくりしたんですね。

AR まさに先程言っていた事後的に驚く経験ですね。『Asterism』の会期中の清澄のコンプレックスでは、畠山直哉さん、ジュン・ヤン、ヒロミヨシイの建築展があったので、建築関係の方、建築に興味がある方がたくさん来場していたのではないかと思いますが。

NF 建築展をやることは知っていたので、それに合わせて『東京画』の展示の中に絵が入っていたような形で、作品の中になにかを埋め込むこともできるかなと考えていました。しかし、必ずしもそれに気づかなければいけないわけではなくて、細部にいろいろなものが写っているということがまず第一に重要です。

AR こういった絵や建築を作品の中で発見した後では、もはや以前の見方で見ることはできないのではないでしょうか。スカイハウスに気がつき、見方が変化することで、他の写真の見方へも影響を及ぼすのではないかと。

NF 『東京画』のときの絵と同じように注意深く見るということ以外に、大きな空間(gallery 1)の写真の植物と小さな空間(gallery 2)の写真の建築物、このふたつは人が管理しているのだけれど、そこからはみ出すように植物や建築物が乱雑に繁茂していくというふうな状態をアナロジーというか、重ね合わせる形で展示しました。それこそが日本の都市の典型的なあり方なのではないかという考えがありましたし、それも「Formula」で見せた循環する時間とリニアな直線的な時間というもの、新陳代謝のようなものと関連しています。だから、菊竹さんのスカイハウスが展示の中に入っているのはテーマとも関連して、いいのではないかと思っていました。
かつて、スカイハウスという名前の通り、サスティナブルな建築という理想を掲げ、崖の上に空に浮かぶように建てられていたメタボリズムを代表する建築のひとつが、その後の都市化と人口膨張の果てに、周囲を無名の建築、というか建物に埋め尽くされて、むしろマンションなどに見下ろされるような皮肉な状況になってしまっています。
Asterism (cluster) - 2926

AR 残りの時間を考えて、ここからは会場からの質問を受け付けたいと思います。

質問者1 『Asterism』展を見て、大きい空間にあった写真の解像度に驚きました。機材の話が出ましたが、なにか特殊なものを使っているのでしょうか。

NF いいえ、特に特殊な機材は使っていません。また、複数の写真をつなぎ合わせて大きな画像を作るというわけではなく、すべてひとつのフレーミング、つまりワンショットで撮っています。むしろそういう部分にはこだわりがありますね。いくら大きな画像を作ったところで、フレームによって現実を切り取らなければならないということに変わりはありませんから。撮影時にどれだけ高い精度でブレないように撮るかが大切です。もちろんカメラ自体はそのメーカーの一眼レフタイプのものではハイエンドのものを使っていますけれど。
一眼レフといっても、今はデジタルカメラの方がフィルムでいう中判や中判以上の解像度になっているので、そういう意味では厳密な撮り方で正しく撮影していればあれくらいの状態にはなりますね。

質問者1 それはヨドバシカメラのようなところでも買えるものですか。そうだとすれば、意識的にそうした選択をしているのでしょうか。

NF はい、一般的に量販店で手に入れられるカメラです。意識的な選択というわけでもないのですが、例えば僕の写真のうちの1点を誰か他の人が撮れたとしても、それはそれでいいと思うんですよね。僕にしか撮れないようなことをやっているというつもりはそんなにありませんね。

質問者1 もうひとつ別の質問があります。アクリルマウントによる反射から、リヒターのグレーのパネルの作品を思い出したのですが、反射して写り込みができるということに関してはどう思っていますか。

NF 写り込みは少ない方がいいと思いますが、まったくないよりはあったほうがいいかもしれません。その理由としては見る人が体を動かさなければいけない、その写真に対峙する中で、真正面だけではなく、少し右に動いたりとか左に動いたりとか、また、前後に動いたりとか、そういうふうにして見てもらうことで、写真全体ではなくて細部に目がいったり、あるいは隣の写真に意識が向いたりするということがいいんじゃないかと思っています。

調文明(以下、BS) 遠近法的なある一点から見るとこのように見えるというのではなく、動かなければいけないということですか。

NF 動かないと見えないという状態だと本当は良くないのかもしれないですけど、でもなるべく動いたりもしてもらいたいですね。離れたり、近づいたりも。というのもある特別な一点から安穏と全体を一望視するような状況を避けたいという意識があるからです。

質問者2 福居さんの写真を見て思ったのは、たしかに夜の都市はこう見えるはず、本来こう見えているはずなのに、写真の枠組みの中では今までこうした表現は見せられてこなかったということです。それによって、違和感というか、シュルレアリスムというか、超現実的なものを感じたんですよね。

NF なるほど。シュルレアリストも写真で無意識を取り込むみたいなことがありましたよね。僕自身はシュルレアリスム的なことを意識的にやろうとしているわけではないのですが、そういうふうに言っていただけるのもうれしいですね。

質問者3 アクリル板の反射の件を聞きながら思ったのですが、ちゃんと見るために動かなければならないというふうに鑑賞者を動かすというのはわかったのですが、この間の展覧会ではどういうふうに体を動かしても、ちゃんと黒が黒に見えない。どんなに照明と作品の間に自分の体を入れて陰を作って、黒くしようとしても周りが写ってしまうんですよね。それは狙いだったのでしょうか。

NF いや、狙いというわけではありません。例えば、テレビを見ているときにもテレビモニタに確実に写り込みはある。だけど、ある状態になればそれが気にならなくなり、見えなくなりますよね。僕自身、自分の写真を何度も繰り返し見ていて、画面の中がどうなっているか、すでに把握できているからかもしれないけれど、表面に写り込んでいる写真の外の像と写真の中の像を自分の意識の中で分離して見ることができるんです。でも、それを鑑賞者にあまり強要するというのはよくないことなのかもしれないですけど。重ね合わせてその両方を見たり、あるいは単体でどちらかを見たりとかをコントロールできるんですよね。「意識的にものを見る」ということの経験の多寡、多い少ないによりますが。
黒の色の問題の答えにはなっていないかもしれませんが、例えば、記憶の中の風景というものがあったとして、それは写真のようにある一瞬を切り取ったものではなくて、いろいろと体を動かして、目を動かして見る、その経験の中で様々なものが統合されて再構成されることでそういう風景が意識の中に浮かび上がってくるわけですよね。それと同じような状態になっているというのはいいことだと思います。オールオーヴァー、画面の中のものが等価な形で撮られているとなかなか全体を一挙には把握できない。そういうところで細部を見てみたりして、全体の形が作られていくという、それは僕はいいことだと思ってますね。

質問者3 結局黒が見えなかったりすると、離れて自分で形を想像しながら組み立てていくしかなくなるんですよね。そこではちゃんと見るということ自体が変わってきたので、おもしろいなと思いました。

NF なるほど。全体をもっと見やすくするというのは今後の課題でもあります。写真のサイズが大きくなっていったときに、鑑賞者の身長も様々であるという問題も出てきますね。作品を掛ける高さとライティング、つまり天井のライトの位置や角度、展示空間によってどの程度コントロールできるかは限られてしまいますが、その辺りをどう扱っていくかというのも今後の課題です。
でも、そもそもアクリルで見せるという方法はフレームがない見せ方の中で一番良い方法として何があるかと考えた末にあれを採用しているわけで、アクリルであることにこだわりがあるかというと、そこまで強くはないんです。また、アクリルマウントで写真を見せる人もすごく増えていて、アクリルを貼り、写真に白フチをつけて余白をとって、さらに額をつけたりということになってくると、それだけで作品然として見えてしまうということもあるので、今後どのように見せていくのかというのは課題ではありますね。

質問者4 展覧会のときには今回出てきたタイトルの付け方、「O」「P」「Q」や「L」「M」「N」といったものに全然気がつかなくて、今日のお話をとても興味深く聞いていました。福居さんの言語感覚が非常におもしろいと思いましたが、逆に言葉に引き摺られて写真を撮ったりすることはありますか。

NF もともと言葉を扱ったりする仕事をふだんはしているので、言葉に対する興味はありますね。写真を始める前は美術や映像よりもむしろ言葉の方に興味がありました。言葉に引き摺られて写真を撮るということは今後あるかもしれませんが、この夜のシリーズに関してはちょっと違う形ですね。ただ、今後はそういったこともあり得ますね。

BS 僕も福居さん、良知さんと打ち合わせのような形で話をしていたのですが、作品タイトル及び展覧会タイトルにすごく興味がありました。タイトルには、すべての作品を「無題」にしてしまうと分類できないが故に、個々の作品に、例えばそれと関連する事柄(撮影地など)を言葉にして付けるというような一面もあるように思います。それは、美術館が収蔵しやすいという、ある種便宜的なものとしての作品タイトルがあったり、あるいは展覧会等に出ている作品を共通して名指せるようにしたりなど、作品の同定の要素と関わるのかなと。しかし、福居さんの今回の展示の「plexus」、「cluster」、「Formula」というタイトルの付け方というのはそれとはずいぶん異質な付け方だと思いました。作品タイトルというものがいわゆる写真の付属物ではなくて、不可欠なものというか、このタイトルが写真というメディウムの一部というようなことになっているのではないか。エドワード・ルシェが「Twentysix Gasoline Stations(26のガソリン・ステーション)」というタイトルで写真を撮っていくというようなコンセプチュアルアートで行われていたタイトルの使い方と全く同じというわけではないのですが、そこにはまた新しい写真のメディウムの使い方というか、今までにあまりそういった形で展覧会タイトルを深く考えることはなかったと思い、僕の中で興味深いことでした。

Asterism (plexus) - 2848
Formula - Q

質問者5 今回の展覧会のポストカードに使われていた写真やこの木の影が写っている写真のふたつに顕著に現れているのではないかと思うのですが、像が写るという現象そのものが写真に表れているように見えました。そうしたことは意識的にやられていることなのでしょうか。木と木の影が写っているという構造があったり、写真が被写体そのものにならないということを写真というメディアの枠の中でやろうとしているように思いました。

NF それだけをやろうということはないですね。写真はそもそも現実の似姿でしかないですよね。この木の写真というのはギャラリーの入口から入って最初にある3点組の一番右側のもので、緑化のためなのか、新しく建設されている建物の脇に植物が植えられていました、建築現場付近にあるそうした植物を選ぶことで大きい方の展示空間の植物9点との関係を保っています。この3点の写真の前を通過してすぐ左側にある小さい方の空間に入ると、建築物でまとめた9点の写真がある。そういうこともあり、この写真をこの場所に展示しました。あとポストカードの写真との繋がりはまさしく今おっしゃっていただいたような実体と影という要素もありますよね。厳密にいえば、実体といってもそれは写真の中の実体にすぎないんですけど。あくまでも現実を写し取ったものが写真ですから。

質問者6 言葉を写真を見るための方向付けとして、すごく考えて使っていると思うのですが、福居さんはウェブでの活動もしていますよね。ウェブがなかった頃であれば、作品の展示の場や出版物の中でいかに言葉を置くかということがあったと思うのですが、現在、福居さんの中でどこに言葉を置くかということも自身の作品の発表と関係しているのでしょうか。

NF ブログに関しては作品ということではなく別の狙いがあります。自分のウェブサイトの方で毎週更新しているというのは、イメージを拡散させるという良知さんの言ったようなことに繋がる部分ですよね。見てもらう機会を増やして、見てくれた人になんらかのものをもたらすことができればと思っています。というのもどんどん出していった方がいいということに加えて、支持体がなんであれ、それは写真と呼んでいいのではないかと僕は考えているからです。それに、ウェブに出したものは、ウェブサイトで見るという構造上、サーバーからそれを一旦パソコンにダウンロードし、コピーして見ているということになります。いくら無断転用禁止などと言っても仕方ありません。どんどんコピーされて、拡散されていくということはいいことなのではないでしょうか。

質問者6 ウェブサイトには、福居さんのステイトメントがありますよね。それがどのように作品の見方に影響するかどうかということも考えていますか。

NF それも方向付けのひとつですよね。それがあった方が作品を読み取ってもらいやすいのではないかと思って、ステイトメントなどを載せています。実は最初の個展『Trans A.M.』のときはステイトメントを印刷したものを撮った写真をプリントし、大きく引き伸ばしたほかの写真と同じ展示空間の中に展示していました。やっぱり最初から言葉は重視していましたね。
しかし一方で、当初はある種のスタイルとして、因襲的と言ってもいいかもしれませんが、「写真は言葉ではないので言語を排除していく」といったふうな考え方に必要以上に囚われていた部分もありました。しかし現在では、写真は普段扱っているような言語とは違う形、別種の言語のようなものなのではないのかと思っています。

AR 今日はすでに展覧会が終わって半年近く経つにも関わらず、『Asterism』展を中心に貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。会場からも多くの質問があり、あらためて福居さんの写真への関心の高さが伺えました。今後もこうした機会を作っていければと考えています。本日はありがとうございました。



福居伸宏『Asterism』
2010年8月7日−9月4日
小山登美夫ギャラリー

福居伸宏(b.1972) 2004年から1年間、写真家金村修のワークショップに参加。主な個展に『Asterism』(2010, Tomio Koyama Gallery)、『Juxtaposition』(2008, Tomio Koyama Gallery)、グループ展に『DOUBLE VISION』(2010, トーキョーワンダーサイト)や『NO MAN'S LAND』(2009-10, フランス大使館, 旧館)がある。2008年The BMW Paris Photo Prize審査員賞受賞。 ウェブサイト:Every Sunday Nobuhiro Fukui  ブログ:Übungsplatz(練習場)

All images: (c) Nobuhiro Fukui, courtesy: Tomio Koyama Gallery

2011/07/31

record: RP 福居伸宏 Part 1

Asterism (plexus) - 2155

この掲載記事は、2010年12月5日、ゲストに福居伸宏さんを迎えて行われた「Researching Photography – Nobuhiro Fukui」に基づいています。この会話が収録された時点で、話の中心となっている展覧会『Asterism』からは既に数ヶ月過ぎており、今回の掲載にいたっては約1年もの歳月が経ってしまいました。第1部では撮影に関する基本的な考え方と過去の展覧会について、第2部では『Asterism』に関する具体的な内容および会場からの質疑応答を掲載しています。


ーーー

良知暁(以下、AR) 今日はゲストに福居伸宏さんをお招きして、今年8月に行われた個展『
Asterism』(小山 登美夫ギャラリー, 2010)や過去の展覧会など、展示に関する話を中心に伺いたいと考えています。展示の話に入る前に、撮影に関する基本的なところをお聞きしたいと思いますが、一般的に、福居さんは「夜の都市の風景を撮影する作家」と新聞や雑誌で紹介されています。夜の作品を撮影する際の基本的なルールはありますか。

福居伸宏(以下、NF) あのシリーズは事前に撮り方を決めて、それに沿って撮影していくというスタイルをとっています。まず時間帯ですが0時から3時の間に撮影すると決めています。最も夜の深い時間で、その時間に活動している人は少ないんじゃないかというのが理由のひとつですね。それ以降になると、夜とはいえ街の明かりの状態が変わってくるので、0時から3時という時間に絞っています。また、ロケーションハンティングはしません。予め場所を探して、その場所にもう一度行って撮影するという手法はとらないようにしています。自転車を使って街を移動しながら、見つけた場所でどんどん撮っていくというスタイルです。撮る時点ではある特定のものを撮り集めようとは思っていません。撮っている場所はすべて逆光になっていない場所です。

僕の写真を見て、夜の風景はこんなに明るく見えないと思う人もいるかと思いますが、実際この場所に行けば、「だいたいこのように見える」というように撮っています。人間の肉眼というのは向こう側から明るい光がいっぱい来ている状態だとハレーションを起こして、ものが見えなくなる。そういう状況を外していけば、肉眼でもこの写真のように見えます。

AR 『Asterism』展だけでなく、それ以前の展覧会の写真からも画面全体にピントが合っていると感じました。すべての画面に均質にピントが合うという効果が生まれるパンフォーカスを使用するのにはなにか意図するものがありますか。

NF これはよくある風景写真の方法だと思います。すべてを等価に見せていく手法ですよね。オールオーヴァーというふうに言われたりもすると思いますが、ただし自分では単にオールオーヴァーにやっているのとは違うと思っています。

AR パンフォーカスですべてにピントを合わせることと逆光を避けることによって、画面内の情報量に差が出ることを避けるという狙いも一貫しているように思えます。

NF 見せたいのは強い光やコントラストの効果ではなくて、そこにある環境、人間の活動によって作られているものや空間なので、それを見せたいときに光の状態だけを見せるような撮り方だと違ってくるのかなと思います。光っているものはどうしても人間の目の注意を引きやすいので、ライトの色や状態や配置が美しいとかそれだけの話になってしまいがちです。それを避けるための方法として現在のスタイルを採用しています。

AR 小山登美夫ギャラリーでのアーティストトークでもおっしゃっていましたが、夜をドラマチックに撮る方法、光の状態を見せる方法という夜の写真を理解した上で、そのようなものとは違うものを制作するという考えがあったのでしょうか。

NF そうですね。それもあらかじめ念頭にあったわけではなくて、方法を考え、写真を撮って、撮ったものをもう一度見返すというサイクルや、他の作家について関心を持ち、調べていく過程で今のスタイルになっていきました。

AR 基本的かつ非常にシンプルなことですが、撮って、見て、考える。そして再び撮影して、見て、考えるというサイクルの中で制作を続けているということですね。


NF それがもっともベースにある部分ですかね。この夜の写真に関してはあらかじめコンセプトを立てて、それに沿って必要なものを集めていくという作業ではないんです。先に写真を撮るという行為があって、集まってきたものからどういうふうにまとまりを作っていくかという。それが展覧会であったりするわけです。


AR 最初に明確なコンセプトを立てることで、ある種そのコンセプト内に収まるように制作するという手法がアートフォトグラフィーと呼ばれるものの中にあると思います。そういうものに対する意識はありますか。

NF 強くは意識していませんが、それはあるかもしれませんね。写真を始めたきっかけとして金村修さんのワークショップに行ったということもあり、そこで学んだ日本の伝統的な写真へのアプローチというものがベースにあるので現在のような方法でやっているのかもしれません。それと、今、自分が表現として写真をやる中でどうやっていくかということを考えたときに、西洋的なものと日本のフリーフローと言われるような出会い頭で撮っていくようなものとをより合わせる。そういうことに可能性を感じているので現在のような形になっているのかなという気がします。
 

AR ギャラリーでのインタビューなど過去の資料の中でも、日本写真が持っているフリーフロー、ある種の出会い頭を決して否定せずに、どのように偶然の豊かさを取り込んでいくかということを考えているという印象を持っていますが。

NF そうですね。そもそも写真というのが、撮ったときに意識されていないものも含めて、フレームに入っているものすべてを取り込んでしまいますよね。そういう部分をいかに活かしていくか。それも偶発性に繋がっていきますが、そこをあまり殺してしまうとリッチな作品にならないのではないかと思うのです。

AR 偶然を信じる部分というか、そのリッチな部分に賭ける部分と同時に、そのためのルールを決めるバランスが福居さんの中では非常に重要なのだと思います。

NF それは重要ですね。どうしても人間は癖や習慣に染まっていってしまいます。あるルールがあって、それに沿ってやっていくという部分が一方でありながら、大枠を決めた上で撮影を実践することでできあがってきた写真を見て、そこから感じたり考えたりしたことをもう一度フィードバックして、そのルールの細かい部分を微調整していく。そうしないと、どうしても同じことをやってしまうので。


Installation view –『Asterism』 at Tomio Koyama Gallery, 2010

AR ここからは展示の話に移っていきたいと思いますが、撮影のときにある種の厳密なルールを決めた上でそこに入ってくる偶然を取り込むように、展示の際にもそのようなことはあるのでしょうか。今回の展示のタイトルは「Asterism」でした。まずは展覧会のプレスリリースや福居さんのブログに掲載されていたウィキペディアからの引用、「Asterism」という曲が収録されている武満徹のアルバム『ノヴェンバー・ステップス』のライナーノーツからの抜粋を見てみましょう。
「アステリズム」とは「星群」を意味する言葉です。既に古くから定められている88星座(コンステレーション)とは違った視点で見出された星々のかたちです。(展覧会プレスリリースより抜粋)


アステリズム - 星群。恒星の並びのこと。
アステリズム (記号) - 印刷記号のひとつ。「⁂」で表される。
アステリズム (武満徹) - 武満徹が作曲した、ピアノと管弦楽のための作品。
アステリズム効果:宝石の星状光のこと。スター効果を参照。(Wikipediaより)


〈アステリズム。名詞:1.〔天文学用語〕a.星群。B.星座。2.〔結晶学用語〕光の反射をうけると、星状の光彩をしめすある種の礦物の結晶に見られる固有性。(後略)〉
(「武満徹:ノヴェンバー・ステップス」ライナーノーツより)
ご自身のブログに武満徹のライナーノーツからのアステリズムの定義を掲載していますが、今回の展覧会のタイトルを決める上でなんらかの影響はあったのでしょうか。

NF ブログに掲載したのは展覧会よりも後ですね。武満徹の「ノヴェンバー・ステップス」というと、現代音楽に和楽器を持ち込んだものだという印象が強いと思うので、展覧会との繋がりをあまり強調しない方がいいかなと思っていました。

展示に絡んでいる部分があるとすれば、「ノヴェンバー・ステップス」などを発表していた60年代の武満徹は、東洋人の作曲家として海外に行き、もともとは西洋のものであるクラシックの世界でやっていく中でいろいろ悩んでいた時期、東洋と西洋のふたつに引き裂かれるような時期だったということを本などで読んでいて、それが日本の写真やアートの状況にもいえるんじゃないかというふうなことですね。
「ノヴェンバー・ステップス」では大胆に和楽器が導入されて、とはいっても、その琵琶や尺八は通常の日本の音楽でのベタな使い方とは違った新しい奏法を編み出して演奏されていたという話ですが、そこでは東洋と西洋という2つのものを調停するような、西洋のもののなかに自分の出自である東洋の感覚を織り込んでいくようなことがなされていました。そして、その少しあとに発表された「アステリズム」では、武満徹は琵琶や尺八の力を借りることなく 「ノヴェンバー・ステップス」で試みたコンセプトを実現した。それは西洋と東洋というふうな考え方への「囚われ」から自由になることができたということだと思うんですね。そんなふうなエピソードにも興味があって、「アステリズム」という曲は気になっていました。

AR 福居さんは写真や美術に限らず、さまざまなジャンルに興味を持っていますよね。先日話したときには音楽という言葉の他に「音響」という言葉も出てきましたが。

NF そういうタイプの音楽にも興味があります。音の響きそのものを聴くといったタイプの音楽ですね。例えば、フィールドレコーディングというものがありますが、録音も写真と同じ記録のメディアで、音を録音しておいて後で聞いてみると、思いもしなかった音、音の細部、いろんな音が入っているんですよね。それはけっこう写真に近いことなんじゃないかなと。狙ったもの以外のものが録れてしまう。そうした特性を音楽の中にどう取り入れていけるのかといったことが、昔から実験的な音楽とか前衛的な音楽をやっている人の間では考えられていました。そういう人の発想とか作った音楽からはけっこう刺激を受けますね。

AR 1枚の写真というものは意味を確定できない宙吊りのようなところがあり、それが音というなにか抽象的なものと似ている部分があると思っています。音と音との差異があって音楽が聞こえてくることと、写真と写真との差異があって初めて意味などが見えてくることはなにか近いものがあるのかと。そうしたことを踏まえた上で、どのように次の段階へと行けるかというのは表現におけるひとつの課題だと思います。そういう意味で音響と写真の関係性を考えるのはおもしろいですよね。

NF それはあるかもしれませんね。展示ということになると音楽のリニアな時間とは違ってくると思いますが、それでも写真1点1点をひとつひとつの音のように考えられなくはないですよね。以前展示した「Multiplies」は、楽譜のようだとか音符が並んでいるようだといった感想をもらうことがありました。意識的にそうした状態を作ることを狙ったわけではなかったんですけれども。そういえば、こういうふうに言うと、誤解されることも多いのであまり言うことはありませんでしたが、展覧会のタイトルは基本的には音楽から取っているものがほとんどなんですね。


Installation view – 「Multiplies」in 『東京画』at Tokyo Wonder Site, Shibuya, 2007
AR  ここからは過去の展覧会を時系列に見ていこうと思います。2005年に現代ハイツで行われた最初の個展の『Trans A.M.』というタイトルを聞いたとき、このタイトルと福居さんの撮影の時間帯と関係性があって興味深いと思いました。その辺りは意図していたのでしょうか。

NF はい、0時から3時という午前の早い時間、その時間をトランスする、変換する、その見方を変えるということですね。そういう意図があって『Trans A.M.』(トランス・エーエム)というタイトルにしました。「Trans Am」(トランズ・アム)というアメリカのバンドからこのタイトルを取っていますが、音楽の内容とは深く結びついていません。しかし、Trams Amというバンド自体もライブハウスやクラブのような空間で、午前になり朝が来る、つまり夜通しというような意味でバンド名を付けたらしいです。アルバムごとにけっこう違うことをやっているようですが、『surveillance』という監視を扱ったアルバムもあります。でも、それは展覧会のタイトルと直接的に結びついているわけではありません。展示の内容に合うものを選んで持ってきて、なるべくその展示の内容を説明するような言葉ですね。夜の写真で展覧会を組むにあたって、そのときに考えている興味のあるテーマに合ったものを選んでいます。タイトルは重視していますね。

そもそも「写真それ自体」というものを人が認識できるとしても、言葉がなければそれがなんなのかわからない。このようなことはよく言われていると思いますが、だからこそ、やっぱり何らかの方向付けをしてあげないと見た人は戸惑ってしまうと思うんです。でもその一方で、そもそも僕の写真を見て、よくわからない写真だと言う人はたくさんいると思うんですけどね。

AR 2007年には『東京画』(トーキョーワンダーサイト渋谷, 2007)という展覧会に参加していますね。グループ展なので「東京画」というタイトルは企画側から決まったものだと思いますが、個人の作品に対するタイトルはありましたか。



NF この作品は「Multiplies」というタイトルです。都市がどんどん増殖していくようなイメージですね。その由来を話してしまえば、YMOの『増殖』(XMultiplies)というアルバムからタイトルを取っていますが、ここにも音楽との直接的な結びつきはなく、様々な建物が増えていってどんどん大きな規模の建物になっていったり、逆に住宅地はどんどん細かくなって、三階建て、四階建ての建物が増えていったりと、都市の規模がどんどんと大きくなって膨張していくようなイメージですね。


Installation view – 「Multiplies」in 『東京画』at Tokyo Wonder Site, Shibuya, 2007
NF この『東京画』に出した写真というのは、その以前の別のグループ展『記憶の位相』(UP FIELD GALLERY. 2007)に出した作品をベースに3点の写真を加えて構成したものです。

AR この『東京画』の中からある1枚の写真を取り上げて見てみたいと思いますが、この写真は、『東京画』に際し加えられた3点のうちのひとつですね。新たな写真を加える上で、この写真は明確な意図のもとに選ばれているということですが。

NF これは他の夜の写真と同じように、実際にその場所に行けばこのように見える状況で撮られています。しかし、細部を見ていくと、建物の一室の中に絵が掛かっているのがわかります。この展覧会では、参加した7人の中で僕だけが写真の作家で他の方々はすべてペインターでした。そして「東京画」という展覧会タイトルなので、それなら僕も絵を展示してみようという意図もあって、この写真を展示しました。

僕のやっているようなこういう写真は画面全体が均質に写っているために、どこを見てよいのかわからず、あまりよく見ないうちに見終わってしまう人が少なからずいると思います。それは日常の広告表現だとか普段溢れかえっている写真を見る経験とはかなり違うものになっているので、こうした写真の見方が習慣化されていないために見えない、見ることが出来ないということがあると思います。
展示風景の写真の右側に写っている正方形の小さな写真は、これまでに撮った写真と展示期間中に撮った写真から部分をトリミングして、それをプリントし、会期中に毎日1点ないしは数点の写真をどんどん増やしていったものです。他の参加作家がペインターという中で、自分が写真を使う上で何ができるのかということを考えて、このような展示をしました。また、この『東京画』という展覧会自体が会期中に青山のワンダーサイトのスペースに滞在し、そこを使って例えばペインターの人はドローイングやペインティングを作って会期中にどんどん作品を増やしていくという企画だったので、自分はこういう展示をやったんですね。「増殖」というタイトルに合わせるということと、細部を注意深く見ていくといろいろなものが写っていて、非常に興味深いディテールがあるということをもっとわかってほしかったので、「正方形」という比較的画面全体が見やすく中心に人の眼が集まって、何が写っているのかわかりやすいフォーマットを選びました。
Multiplies - 01

AR まったく同時期というわけではないのですが、細部をトリミングして見せるという点で例えばアンドレアス・グルスキーが挙げられるかもしれません。彼の作品に集合住宅を撮影した「MONTPARNASSE」(1993)という4メートルを越える作品があります。彼が1995年に同名の写真集では、その1枚の写真から集合住宅の個々の部屋でトリミングした複数の写真が纏められています。また、松江泰治さんの『cell』(2008)を思い出す人がいるかもしれませんね。グルスキーの場合は粒子が目立つのに対して、福居さんの場合はほとんどスムーズにイメージが現れているので、双方の写真を実際に注意深く見る、注視するということに重きが置かれていると感じました。

NF こういった小さな正方形の写真を経験することで、ものの見方自体が変わるんじゃないか、同時に展示した大きい方の写真を見るときの身体性みたいなものも変わってくるんじゃないかと。相互作用というか、そういうものを期待していました。

AR 観客に新しい見方を提供していくというか、提供するだけでなく、ある意味では強制的に、無意識のうちに観客はそういう見方をしてしまうのではないかと。

NF そうですね。それが視覚の怖い部分というか、だからこそ作品を作るにあたっては使える。そう言ってしまうと差しつかえあるかもしれませんが、利用できる部分ですね。日常の視覚経験というのはそういうふうにして、知らず知らずのうちにものの見方を刷り込んできているものでもあります。広告写真の場合も目的があって、そのゴールに到達させるために、どこを見せて、どのように感じさせて、どのように誘導していくかということが非常に高度に作られていますよね。




AR そうですね。そういったイメージが世の中に大量に流れている、また、そういったイメージの分布があった上で、作家としてどのようなイメージを作品として見せていくかが問われていると言えるでしょうね。トリミングして細部を見せる手法は翌年の『Invisible moments』(UP FIELD GALLEY, 2008)というグループ展の作品にも見られますよね。『Invisible moments』はどういった枠組みの展覧会だったのですか。

NF 4人の作家のグループ展でした。この展覧会ではデジタルフレーム、メーカー名などが表に出ていない、これまでに発表してきたアクリルマウントされた写真に近いプレーンなデザインのものを見つけてきて、それを4台を並べてスライドショーという形で展示しました。写真が一定の時間で切り替わっていくのですが、4台それぞれにセットしてある写真の数を微妙に変えてあるので、ずっと写真がループしていくなかで、電源を入れてからギャラリーが閉まるまでの間、同じ組み合わせになる瞬間が一度も訪れないようにしました。見ているうちにどんどん写真が切り替わっていくので、観客はどうしてもその写真が切り替わるまでの間になんとか写真を見よう、見終えようとします。動いていることによって、より人は見ようとする。このように移り変わっていく写真を経験することで、限られた時間の中でものを見る能力が増強されていくと言えばいいのでしょうか。人々のものを見る目を鍛えるための、ある種のデバイスのようなものになっていたと思います。このグループ展では出展していた作家全員が、展覧会のタイトル「Invisible moments」を作品タイトルにしていました。このタイトルと自分の作品の関連としては、文字通り「見られていない瞬間がある」ということです。


AR ひとつのモニタを見ているときは、1枚の写真が現れては消えるという部分を注視する。それが他にも3台あるということで、距離をとって見たときに1点の写真のみに注意することが難しくなり、1点に集中する行為とともに、複数の写真を一度にどう受け取れるかという状況が生まれてくると思いますね。



Installation view –『juxtaposition』at Tomio Koyama Gallery, 2008
「Multiplies」in『juxtaposition』at Tomio Koyama Gallery, 2008
AR 2007年の『東京画』や2008年の『Invisible moments』では、トリミングしたイメージを展示していましたが、2008年の小山登美夫ギャラリーでの個展『juxtaposition』ではどのような展示を行いましたか。

NF このときはギャラリーも広く、長方形の展示空間で、左側の壁はまっすぐに写真をくっつけて横に並べるという形にして、もう一方の右側の壁には、東京画で既に展示していたものですが「Multiplies」という作品を展示しました。展示風景の写真だと、作品の位置が高いように見えるのですが、実際は通常のアイレベルを基準に掛けられています。

アクリルマウントは2006年頃から使っています。意図としてはこの展覧会に関するインタビューでも答えていたと思いますが、写真それぞれの空間は繋がりようがないものですが、それらをくっつけて見せることで、逆にこれらがフレームで切り取られたものであることを意識させたいという意図がありました。それが本当の意味でどこまで上手くいっていたかどうかは今も考えているところです。
右側の作品の「Multiplies」というのは主に高い位置から撮影されていて、ビル群のような写真をこのように高低差をつけて展示しています。それは実際に撮影した場所での空間的な高さも関係しているのですが、このように上下にずらして展示したものと、あえてまっすぐ横に並べて何もしていないようなものという左右の壁の対比は意識してました。
「Multiplies」に関していえば、展望台へ上がってそこから街の光を楽しむ、見下ろすというようなものでもないし、かといって見上げるでもない。高くもなく低くもない場所からまっすぐ見てみると、どういうものの見え方が得られるのか?あえてそのように撮影して、このように展示をすると、写されている空間の上や下に何があるのか?といったフレームの外へも意識を誘導できるのではないかという意識があって、このような展示をしました。
そもそも写真というものが空間と時間のトリミングによって成り立っている。見えないことで部分を見せるというようなもの。フレームの外側が見えない、だからフレームの内側が見えるという構造になっていますよね。それをなんとか反転してフレームの中が見えていることによって、フレームの外を見たり、感じたり、考えたりと意識できるような状態が作れれば、よりリッチな作品になるのではないかと考えていたのです。

AR 同じく2008年にパリフォトへも参加していますね。話は逸れるのですが、その際にレム・コールハースの建築を見に行ったとお聞きしましたが。
 

NF そうですね。レム・コールハースの住宅建築の中でも重要だと言われているヴィラ・ダラヴァ(La villa Dall'ava)の中を偶然見せてもらえる機会がありました。実際の建築を見て、その建築の周囲を歩いてみて、建築内部の空間を体験するということを経験して、より建築というものに興味が向いてきました。もともと風景、都市の写真なので建築への関心がなかったわけではありませんでしたが、この建築を見たことで、レム・コールハースとはどういう建築家なのかといった部分から、今まで以上にいろいろと建築への興味が高まっていきました。もちろん著名な建築家なので名前は知っていましたが、これはけっこう大きな経験でした。建築家の人はどういう発想で建築を作っているのかということがものすごくおもしろいなと。


(Part 2はこちら


All images: (c) Nobuhiro Fukui, courtesy: Tomio Koyama Gallery